肉便器としての出会いを模索するヤリマン女。

投稿者:コンビニ性処理女 19歳

肉便器とでしか快感を得れなくなった少女は、出会い系を使い、逆援助(授業料)で調教を受けるが...。

高校に入学してすぐ、担任の先生に犯されたのが初体験でした。

その後も先生に呼びだされてはセックスしていました。

それがバレて先生は左遷、私は停学に...。

復学してしばらくすると、停学の理由を知った男子達は私をヤリマンと呼ぶようになり、入れ替わりに私の身体を求めてきました。

時には大勢の男子達に輪姦されたこともあります。

教室、体育倉庫、屋上、トイレ...。

学校のあらゆる場所が私のセックスの場所でした。

先生の頃からそうですが、自分から進んで抱かれたことはありません。

むしろ苦痛でした。

でも卒業する頃には玩具にされることが快感となり、逝くようになりました。

たった3年、経験人数は50人以上ですが、まともに交際した経験はありません。

就職すると今までの私の事を誰もしりません。

玩具にされ犯されることもなく、しばらく平穏な日々を送っていました。

が、何か物足りなくなってきました。

肉便器OL

あの男子の肉便器として扱われる屈辱感、羞恥...。

あの快感を思いだしてしまうのです。

その時出会ったのがSMの映像でした。

そして自分がマゾだということを自覚したのです。

同時に自分も本格的に調教されたいと強く思うようになったのです。

ですが、街を歩いても誰がSの方かなどわかるはずもありません。

そこで出会い系を使うようにしたのです。

真剣にSの方と出会いたいが為に逆援交もしようと思っていました。

こんな若くしての変態女、すぐに出会いはありました。

何人かの方から調教歴の長い40歳の方に私の躾をお願いしました。

初回のみ逆援交...というか、デート代を持つよう言われました。

ちょっとした授業料だと...。

お会いして面接を受けました。

今までの性体験を全て話しました。

その方も私が調教歴がなく、マゾとして未開発なのを気に入ってくれ、その瞬間から躾が始まりました。

最初のご命令は、その場で下着を脱げ、でした。そこはファミリーレストラン。

客はそんなにいないといっても誰もいないわけではありません。

50人の男性経験はあっても、大衆の中で裸になるなど、経験はないのです。

恥ずかしく躊躇いましたが、このままでは調教してもらえないと思い、思いきってその場でパンティを脱ぎました。

そしてボックスのソファに身を隠しながらブラウスを脱ぎ、ブラを取りました。

再びブラウスを身に纏うと白の布地からは黒ずんだ乳首の色と、ツンと起った乳首のカタチがクッキリとわかりました。

脱いだ下着をテーブルに置きご主人様は(ここからはご主人様とお呼びします)飲み物を注文するために店員さんを呼びました。置かれた下着、透けている乳首...顔から火が出るほど恥ずかしかった。でもソファに染み跡ができるほど濡れていたのも事実です。

ご主人様は私がよく耐えたとお褒め下さり、その格好のままホテルに連れていってくれました。

その日は縄と鞭だけでの調教でしたが、初めての私にはとても刺激的な体験でした。

雌豚!と罵られるとそれだけで絶叫し悶えました。

男子達に罵られ犯された事を思いだしていました。

久しぶりに見る肉棒。

ご主人様の黒く、カリの張った立派な肉棒を膣に入れていただき、精液を頂きました。

調教され始め数ヶ月。

来週は私の二十歳の誕生日。

その日は数人の男達の肉便器として輪姦調教を受ける日です。

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